歌:中村美律子
作詞:池田政之・岩下俊作「富島松五郎伝」
作曲:弦哲也
発売:2016-07-07 07:24:58
あらぶる波の 玄界灘は
男の海というけれど
黄昏凪を 橙色に
染めて切ない あの夕日
ほんなこつ ほんなこつこの俺は
涙こらえる 無法松
あ〜、ぼんぼんを乗せた汽車が…。
あの小さかったぼんぼんが一人で汽車に乗っていくと。
松五郎さん。敏雄はもう六つの子供じゃありませんよ。
分かっとります。高校生じゃ。けんど熊本の寄宿に入らんばいかんとは、
奥さん、寂しゅうなりましょうなぁ。
ええ。生まれて初めての一人暮らしになりました…。
なんね。心配なか。儂がついとるやなかとね。
私、本当に感謝しているんですの。主人が亡くなって八年。
女一人であの子を育ててこられたのも、みんな松五郎さんが陰になり
日向になって支えてくださったからですわ。
陸軍大尉じゃった吉岡の旦那が、軍事演習で雨にぬれて風邪を引いたぁ
思うたらあっという間に…知らぬ仲ならとにもかく、その奥さん、いや、
忘れ形見のぼんぼんをほうってはおけんかった。
まぁ奥さんには迷惑やったかもしれまっせんな…。
いいえ、私の方こそ、私の意地に松五郎さんを
巻き込んでしまったのではないかと、悔やんでいるんですわ。
エッ、奥さんの意地? そりゃ何ですかいのう?
今だからお話します。主人が亡くなってしばらくした頃、
実家の兄から再婚話が持ち込まれたのです。
え…いや、奥さんなら当然じゃ…。
でもね、私は主人を愛していました。
私の夫は、吉岡小太郎 ただひとりなんです。
ひとたび嫁いだ この身には
帰る家など ありはせぬ
まして来世も 誓ったからにゃ
岩をも通す 意地なれど
幾夜もつらさに エ〜エ〜エ〜忍び泣き
たった一つの 生き甲斐は
夫に似てきた 愛しい我が子
この子の為なら 我が命
いつでも捨てて みせましょう
この子は夫の 子ぉじゃもの
…それほどまでに旦那のことを…。
ごめんなさい。松五郎さんにこんなことを聞かせてしまって…。
…吉岡の旦那は幸せもんばい…ほんなこつ幸せもんばい!…。
学もなければ 天涯孤独
ついた仇名が 無法松
そんなおいらが 怪我をした
子供を介抱 したのが縁
やがて八年 今はもう
一人暮らしの 未亡人
拳を握り 歯を食いしばり
秘めた想いを 誰が知ろ
松五郎さん。
こ、こりゃ奥さん…。
どうなさったんです。敏雄が熊本に行って以来、
ちっともいらしてくださらないじゃありませんか。
私に何か落ち度でもありましたか?
滅相もない。けど、儂ゃ儂ゃぼんぼんの係ばい。
ぼんぼんがおらんあの家は、
奥さんと亡くなった旦那の家ですけん! そいじゃ!
待って! 松五郎さん、敏雄が帰ってくるんですよ!
え。奥さん、それはほんなこつ!
ええ。夏休みに、高校の先生を連れて。
小倉の祇園祭が見たいとか仰って…。
そいつぁ、そいつぁ一つ、楽しんでもらわんといかんばい。そうかいの。
そうかいの。ぼんぼんが帰ってくる。ぼんぼんが、ぼんぼんが帰ってくる!
先生、ぼんぼん。あれが音に聞こえた祇園太鼓じゃ。
ゆっくりご覧下さいと言いたいところやが、あれは蛙打ちちゅうて、
本物の打ち方やなかと。
今じゃ本物を叩ける奴がおらんようになってしもたけん、
本物はあんなもんじゃなかとですよ。ねぇ奥さん。
私が吉岡家に嫁いで、この小倉に来た頃はもうあの打ち方でしたわ。
そいじゃ一つほんまもんをご披露しようかいのう。奥さん、どうじゃろ?
お願いできますか。
よぉ〜し、松五郎の一世一代の祇園太鼓、よお見とってくださいや。
おおい、ちょいと打たせてくれ。ええか、これが今打ちよった蛙打ち。
そしてこれが流れ打ち。
さぁこれが勇み駒…そして奥さん、これが暴れ打ちじゃ!
夏休みが終わり、敏雄が熊本の寄宿に戻ってしまったら、
また淋しい日々がやってきます。
でも本当に寂しいのは松五郎さんなのかもしれません。
奥さん、儂ゃあ寂しゅうてつらい。寂しゅうてつらい…私には太鼓の音が、
松五郎さんの心の声に聞こえたのでした。
汗も飛び散る 暴れ打ち
命をかけた あの音は
万来衆の 目に写る
これぞ無法松 晴れ姿
これが無法松 祇園太鼓の 打ち納めじゃ
秋になって、松五郎さんはまたお顔を見せてはくれなくなりました。
人の噂で、
長年やめていたお酒を浴びるように飲んで、
すさんだ暮らしをしていると聞きました。
一度お尋ねせねばと思っていた矢先、
ああ、冷えると思うたら雪じゃ…ん、
ここはぼんぼんが通うた小学校やなかと…
ああ、ぼんぼんじゃ、ぼんぼんがおる。いや、そんな筈はなか。
ぼんぼんは熊本の高校ばい。けど、ぼんぼんが見える。
ぼんぼんが唱歌を歌うちょる。あれあれ、
奥さん?奥さんもおるとね。今日は参観日やったと。
まぁまぁ晴れ着ば着んしゃって。奥さん、綺麗ばい。
まっこと奥さんは儂の女神様ばい…奥さん…儂ゃ…儂ゃ…
奥さん!
はい。吉岡です。繋いでくださいまし…はい。え? 松五郎さんが!
そんな、
松五郎さんが…。
雪の朝、小学校の校庭で、松五郎さんが亡くなっていました。
松五郎さんには幼い
日の敏雄が見えていたのかもしれません。
そのお顔はそれはそれは幸せそうに微笑
んでいらしたそうです…。松五郎さんの寝起きする宿には
柳行李が一つ残されていました。その中には、毎年お正月に差し上げていた
お年玉が、封も切らずに。それと五百円もの大金が預けられた、
私と敏雄名義の貯金通帳が、そっと、そっと置いてありました!
…松五郎さん、貴方という人は!…。
この十年、あなたに甘えるばかりで、何一つ応えてあげられなかった…
私はあなたの気持ちに気づいていました…
なのに、なのに私は…許してください、松五郎さん!
届かぬ想い 実らぬ恋を
祇園太鼓に 打ち込めて
腕も折れよう 命もいらぬ
これが松五郎 暴れ打ち
これでよか これでよか夢花火
男一途は 無法松