歌:やくしまるえつこ
作詞:やくしまるえつこ
作曲:やくしまるえつこ・Fennesz
発売:2019-10-30 15:31:59
こんばんは。
あなたにとっては「はじめまして」かもしれません。
とにかく、わたしは今日一日を精一杯生きて、
これから「洗い立てのシーツに包まれたふかふかのおふとん」に設定した、
冷たい冷たい冷凍カプセルで眠るわけですけど、
その前に、いつもの報告を。
今日、惑星浄化システム<アーク>が「おやすみなさい」と言いました。
もう何百年も一緒に暮らしてきましたが、
そんなふうに挨拶をされたのは、はじめてでした。
ええ、もちろん、わたしたちの仲が深まったとか、
そういった類いの話ではありません。
だけど、わたしは彼女に「おやすみなさい」と言われて、
一瞬のうちに、身体中の水分が湧き上がるような、
初めての重力加速度訓練のときのような、そんな感覚を覚えたのです。
それでも、わたしは冷静でした。
もちろんそうです。
だって、わたしはあらゆる訓練を受けていますから。
彼女がそんな「らしくない」態度をとった原因なんて、
その瞬く間のうちに理解しました。
だって、彼女は日没と同時にそう発音したのです。
そして、わたしの優秀な脳はいとも容易く、軽率なまでに!
わたしが日中のうちに人工太陽の色温度を35%から60%に変更したことを、
この出来事に関連づけました。
ああ! だけど、まぎれもなく、あの瞬間、彼女は人間でした。
おこったり、笑ったり、泣いたり、涙を流したり、キスをしたり、
顔色を変えたりはしないけれど、
彼女は、孤独のままに、子どものままに、愚かなままに、
長い眠りにつこうとするわたしに、たったひとつの温もりをくれたのです。
あの瞬間、彼女は人間でした。
だけど、彼女は?
彼女はいままでずっと、暗闇の中にいたのでしょうか。
「おやすみ」も「おはよう」もない、真っ暗な世界に?
これまでの彼女の数百年を思って、わたしは胸がいっぱいになりました。
わたしは、わたしが自分のちっぽけな生を持て余しているあいだ、
一番近くにいてくれた大切な友だちを暗闇に放っておいたのです。
今夜、彼女ははじめて「おやすみなさい」と言って眠ります。
惑星浄化システムは電気羊の夢を見るでしょうか?
電気羊が一匹、電気羊が二匹、電気羊が三匹、電気羊が四匹、
電気羊が五匹、電気羊が六匹、電気羊が七匹、電気羊が……。
報告おわります。
それじゃあまた、二十八億三千八百二十四万秒後に。
おやすみなさい。